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グエル邸【海外研修旅行】
2024.07.4ツァイト
グエル邸に向かいました。
ガウディ建築の一つです、
ここで、今回のスペイン滞在で、最大の事件が起こりました、、。
グエル邸に付き、入場口に行くと、まさかの時間オーバーで入館ができない、、
17時までに入館で、私たちは約2分過ぎただけですが、時間厳守。
入場できないと言われました。
何故、時間が過ぎたかというと、
直前まで、移動疲れを取るために、近くのジェラート屋さんで、アイスクリームを食べていました、、。
アイスはとっても美味しく、満足したのですが、まさか入場時間を超えてしまうとは、、
恐るべし、アイス。
せっかくなので、ファサードだけを見て楽しみました。
気を取り直して、グエル邸の歴史、背景についてお話ししようと思います。
グエル伯爵(1846年12月15日、バルセロナ生まれ、1918年7月8日死去、71歳没)が織物工場、セメント工場、タバコ工場、石切り場、銀行、鉄道などを経営し、政治家でもありました。
グエル氏は1878年にパリ万国博のおかげで、若い建築家に出会い、その若い建築家(アントニ・ガウディ、当時:26歳)に様々な建築を頼みました。
ガウディは1886年から1890年まで、バルセロナ旧市街で豪華なグエル邸(パラウ・グエル)を設計しました。
グエル氏とガウディはカタルーニャを愛し、新しい技術(鉄筋の構造、電気など)に興味を持っていました。
こうしてグエル邸は、グエル伯爵は織物工場、セメント工場、タバコ工場、石切り場、銀行、鉄道などを経営し、政治家でもありました。
グエル氏1878年にパリ万博のおかげで若い建築家に様々な建築を頼みました。
ガウディは1886年から1890年まで、バルセロナ旧市街で豪華なグエル邸を設計しました。
今回は、内部に入れなかった為、最後にグエル邸のファサードについて、お話ししたいと思います。
ファサードの正門。
当時ガウディは20以上のファザードの案を作成しましたが、最終的にグエルがこのデザインを選択しました。
繁華街に近く、周りがあまり風紀の良くない地区だったこともあり、それらとの区別化する意味で当時のブルジョアの邸宅の中でも一際、威厳あるデザインが選ばれました。
ただ、そのせいで同じガウディ作品のカサ・バトリョやカサ・ミラに比べると、少し地味な感じを受けました。
グエル邸の正面ファザードで、まず最初に目に入るのは二つの大きな放物線アーチと、そこに据付られた大扉。
当時バルセロナでは例のなかった鍛鉄製の巨大な格子扉は、中央部を意図的に細かい格子としていて外からは中が見えずプライベートを守る一方、内側からは外の通行人が見える、
マジックミラーの様な仕掛けになっていました。
尚、門の真ん中の扉は、人の出入り用で、馬車が入る時は大扉が全開になります。
アーチの門の左右の端に注目すると、そこには癒しと罪を肩代わりし、脱皮することから復活のキリストの象徴と言われる「蛇」を見ることが出来ます。
左右の端からこの蛇が格子を伝い、とぐろを巻きながら、門の最上部のグエル氏のイニシャルのEとGの辺りで出会うように作られています。
グエル邸の正面ファザードで、最も重要になるのが、上部に不死鳥が載るオブジェ。
当時の鍛鉄鋳造技術の粋を尽くしたもので、素材の鉄を金槌で叩き、裁断、曲げ、全て人力で作り上げたそうです。
また、数百にも及ぶ小さなピースを溶接ではなく、一つ一つ鋲止めと言う職人技で作られた、非常に芸術性高いオブジェ、これこそがファザード最大の見物だと思いました。