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カサ・バトリョ②【海外研修旅行】
2024.06.17海外研修

前回に続き、カサ・バトリョについてお話ししていこうと思います。
入り口でのチケットチエックの後、オーディオガイドが渡されます。
その際に言語を聞かれるのでジャパニーズと言うと、日本語で聞けるようセッティングしてくれます。
ここのオーディオガイドはサグラダファミリアやカサ・ミラなどとは違い、専用のスマホを利用したオーディオ+ビジュアルのハイブリッドタイプ。
ハイテク仕様のオーディオガイドは、もちろん使い方も簡単で見どころ毎に振られてる番号があるので、その前に立って書かれている番号を押すと音声ガイドと共にアニメーションがスマホに写しだされます。
オーディオガイドを受けとり先へ進むと右手に階段、左手にもう一つの入り口が見えます。
これは、この建物のオーナーのバトリョ家と上階に住む借家人(店子)の入り口が、それぞれ独立しているからです。
また、バトリョ家の入口横には管理人の小部屋があり、その右手には掃除用具などを入れる収納スペースとして物置が配置されています。
ちなみにそこには特別にあつらえた専用の縦長楕円形の扉が2つあって、ただの物置にも一切手抜きしない、さすがはガウディといきなり感心させられます。
次にバトリョ家の入り口を中へ進み、木製の階段の手すりの下に通称ドラゴンの背骨と呼ばれる波打つ板が見えます。
これは、手すりの間から幼児が落下するのを防止するためのものです。

さてここからいよいよ、カサ・バトリョの内部見学が始まりますが、注目して頂きたいのはこの先にある直線を排した曲線の世界。
いよいよガウディの世界の始まりです。
螺旋の階段を上がっていくと、頭上に見えてくるのが天窓。
これは日中、建物中央吹き抜けのパティオに降り注ぐ太陽の光を、本来最も暗くなるこの空間に取り込むようにしたものです。
楕円の窓枠はトネリコと呼ばれる木を使ったもので、テーブルや椅子などの制作にもガウディはこの木材を好んで使いました。

さて、階段を登りきるといよいよ住居になります。
階段を上がって最初に目にするのが「暖炉の部屋」と呼ばれるものです。
屋敷のオーナーのバトリョ氏の執務室として使われていましたが、ガウディはここが下の入り口から階段までのパブリックスペースと、この部屋の奥にあるバトリョ家のプライベートスペースへの移行空間として位置付け、その様な役割を与えていました。
部屋を見ていくと壁一面に施されたモザイク模様には金箔が使われていて、まるで秀吉の黄金の茶室かと思わせます。
ただし、ガウディが作っただけあって悪趣味とは程遠く、スペイン南部で取れるコルクが壁一面に貼られているのかと思える程シックなものです。

この部屋の暖炉に注目して下さい。
暖炉と部屋を壁に埋め込んでしまうと言う発想は、その奇妙なキノコの形と共に理解し難いところですが、逆にこれこそガウディらしいと言えるでしょうし、きっと何らかの意味を秘めているとも取れます。
更に両脇の木製のベンチをよく観察すると、片側が2人掛けで反対側が1人掛けと変則的になっています。
これには理由があって、暖を取ることはもちろんですが昔は同時に一寸した談話室にもなっていて、時に閉ざされた小さな空間で年頃の男女が2人きりになることもあり、その際は間違いが起きる心配もありました。
そんな時のために暖炉を挟んで向いのベンチにお目付け役の女中が座る、そのための1人掛けベンチでした。
「暖炉の部屋」を次に進むと、今度はこの家のサロンです。
グラシア通りに面した大窓の外には骨にも例えられているバルコニーの柱、採光がとれる大きな窓、水玉模様の丸いステンドグラスは海水の飛沫を表現しています。
とても美しいです。
実際ステンドグラスを通して差し込む太陽の光は、まるで海面を反射するようにキラキラと輝いていました。

このサロンの左右にある扉。
これは普段は独立した部屋として使っていますが、必要に応じてアコーディオンの扉を全開してつなげ、一つの大きなスペースにすることで親しい友人などを招いてパーティなどの社交の場として利用する為のものです。
日本でも田舎の旧家にはまだ少し残っている冠婚葬祭の際に開け放ち一つの大広間として使う襖、それと同じ役割をこのドアはしていました。
あくびの家と、揶揄されるほどの他のバルセロナのどの家にも無かった大きな窓、この窓にもガウディならではの工夫が施されていて実はこの窓、普段は決して開けられることは無いのですが実は開きます。
また、その開け方も独特で左右にではなく上に開きます。

大通り側にサロンを配置するのは太陽の光が一番入ると言う事もありますが、それ以外にも大きな意味があったのをご存じですか?
それはバルセロナの一番のメイン通りであるグラシア通り、そこに建つ贅を尽くした目立つ屋敷はその前を道行く人達からの羨望の眼差しで見上げられていた場所でした。
そんな前を通る庶民を上から優越感を持って見渡すサロンこそが、当時のブルジョア階級の特権意識が現れている場所でもありました。
ただ、そう言う貧しい意識とは別の世界にガウディがいたことは間違いなく、次の彼の晩年の言葉がそれを如実に語っています。
「私の親友たちは死んでしまい私には家族も客もいないし、財産もなにもない。だから私はサグラダファミリアに完全に没頭できるんだ」。
お金は持っていても煩悩から逃れられずその塊となっていたブルジョアと、全く別次元の生き方をしていたガウディ。
後年、ガウディが金持ち向けの住宅を一切作らなくなった理由の一つがここにあります。
続く